amano家のすたぁてぃんぐのぉと。

夫婦と息子一人の三人家族、平和に暮らしています。(*´ω`)

十年という月日を想う。

いい加減、立ち直ろうよ。
そういう声もあるんでしょう。
でも、前を向いて歩くということは、簡単なことじゃありません。
過去を受け入れて初めて、一歩を踏み出せるんじゃないでしょうか。


この時期になると、震災特集が各局で流れます。
もう、NHK漬けになってます、ここ一週間。(苦笑)
何もない日常が、本当は特別なものだったのだということを気づかせられた出来事でもありました。


スイッチを押せば電器が点き、蛇口を捻れば水が出て、給湯器を点ければお湯が沸いて、コンロを捻れば火がおきる。
当たり前だと思っていたことだけど、あの日、停電になり、断水が起きて、灯油給湯器が倒れて灯油がなくなってしまい、お風呂を沸かすのも難しい、そんな経験をしました。
ガソリンを購入するのに長蛇の列。
雪が舞う中、寒いのに暖を取るための灯油は貴重でした。
スーパーやコンビニの商品は空っぽ。
放射能の脅威にさらされて、両親からは、「お前は若いんだから、家から出るな」と言われ、何も出来ないもどかしさに、ラジオの声で励まされたり…。


ようやく停電が解消されたかと思ったら、津波の映像に唖然として、突然原発が水素爆発したってニュースが流れて、いつ、自分のいる地域が避難区域になるか怯えて、毎日のように震度5くらいの余震に震えて。


それでも、人との繋がりを感じることができたことが、大切な記憶です。


好きだったバンドのメンバーにメールを贈ったら、返事をもらったこと。
三日ぶりくらいに、父が練炭で沸かしたお湯で、お風呂に入ったこと。
やることがなくて弟と久しぶりに桃鉄で遊んだこと。
友人たちとお互いに無事を確認しあったこと。


私なんて、被災している度合いに入らないかもしれないけど、やっぱりあの時のことを思い出すと、いかに非日常的だったか、と、思えます。
当たり前だったことを、実は当たり前じゃないと気付いたことが、唯一の収穫だったかもしれませんね。
あんな経験は、生涯する必要はないと思うけど、それでも、それを含めた過去も全部、今の自分を作っているものなので、一生忘れることはないでしょう。


これを区切りとするのではなく、今後も後世に伝え続けることが大事なんだと、私も思います。



がんばっぺ、福島!

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